未来へつなぐ健康対談

未来へつなぐ健康対談 Vol.3
木村文子 × 健康

特定非営利活動法人 日本成人病予防協会では健康社会の実現に向け日々さまざまな活動を行っております。皆様の病気予防・健康管理への意識・興味を高めていただくために、今回さまざまな分野のアスリートの方々と健康管理について考える対談をシリーズ化して皆様にお届けすることとなりました。


第3弾は、ロンドン世界陸上では日本人初の女子100Mハードルで準決勝に進まれ、昨年には東京オリンピックにも出場された、木村文子さんをお招きして「アスリートと考える健康管理 Vol.3」をテーマに対談を行いました。

木村文子

木村文子

木村文子

1988年6月11日生まれ、広島県出身の元100Mハードル日本代表。

横浜国立大学卒業後、エディオンに入社。
日本陸上競技選手権大会で6度の優勝やアジア陸上選手権大会2度の優勝、世界陸上選手権大会に2度、ロンドンオリンピック、 昨年の東京オリンピックに出場し、2022年引退を発表。

現在は、広島大学大学院人間社会科学研究科で学びながら、エディオン女子陸上競技部一般種目ブロックコーチやメディア出演などで活躍中。

profile
佐野虎

佐野虎

佐野虎

特定非営利活動法人 日本成人病予防協会 理事長
『健康社会の実現』のために、予防医学・健康管理の知識と意識の普及活動を行う団体。
官庁・自治体・企業 などと連携した『健康セミナー』の実施、小学校と連携した『食育』活動にも注力。
正しい健康知識を普及する人材、『健康管理士』 『文部科学省後援 健康管理能力検定』の認定も行う。

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世界を見て確立された、木村文子の心身両面の身体づくり

佐野:「東京オリンピックへの出場、また現役生活お疲れ様でした。現在はエディオン女子陸上競技部のコーチに就任されたということですが、どのような指導を考えていらっしゃるのでしょうか?」

木村:「ありがとうございました。
はい、今私はオリンピックに出場出来るような選手を強化していく側にいます。特に陸上競技の練習は単調になりやすいので、同じメニューであってもトレーニング環境や関わる人を変えるなど、刺激的な時間を送れるよう常に選手サイドに立って考えています。
特に環境の変化を求める選手に関しては、マネージメント含めフォローしていく予定です。選手はパフォーマンスが落ちると、浮き沈みが出てしまう傾向にあるので、選手とコミュニケーションを取っていくコーディネート役になれたら良いなと思っています。」

佐野:「指導方法に関しては、どのように学ばれたのですか?」

木村:「私は日本だけでなくアメリカやスウェーデン、オーストラリアなど様々な国で練習させて頂きました。
その中で選手とコーチ、スタッフ陣との関わりを見ていると日本のやり方ではない他のやり方も沢山見つけられたので、そこで得た知識や経験を今後の指導に活かしていきたいと思っています。私自身、海外でフィジカルもメンタルも鍛えて頂いたので。」

佐野:「そうなのですね。具体的に練習環境や組織など、どういう違いがありましたか?」

木村:「組織で言えば、日本は総合的に指導をして下さるコーチと選手という関係性が主流なのですが、海外はウエイトトレーニングのコーチや治療のトレーナー、鍼灸師など分業して連携を取り合い選手を強化していきます。
それぞれの立場を尊重しながら組織作りをしていくので、始めは衝撃でした。」

佐野:「各分野のスペシャリストが連携を取ることにより選手のパフォーマンス向上に繋がるのですね。その中でも、メンタル面で木村さんが現役時代学んだことは何かありますか?」

木村:「私の場合は、2012年ロンドンオリンピックに出場してからサポートをして下さる方が増えました。今まで経験したことのない出来事に大きなプレッシャーを感じましたし、応援して下さる方の想いに答えたいという気持ちも一層強まったので、そのタイミングでメンタル指導を受けました。
大学在学中にお世話になった恩師に論文のエビデンスを教えて頂き色々な考えを学びましたね。」

佐野:「木村さんはオリンピックを二度経験されていますが、やはり緊張されましたか?」

木村:「緊張はしましたね。ただ、オリンピックであろうと国内の試合であろうといつも通りに臨めるかどうかが一番鍵になってくると思います。
緊張でメンタルが左右されている時点でコンディションは崩れていますので、いかに普段通りの自分でいられるかというのが重要です。 まずは自分自身の特徴を捉えて練習の段階からメンタル面の強化をしていきます。」

佐野:「木村さんが実践された方法は何かありますか?」

木村:「それこそ大学時代は前日にパスタを食べる、試合の朝オレンジジュースを飲むなど細かく決めていたのですが(笑)海外に行くと実行することが難しいので、自分主体でペースを作れるものに重きを置きました。例えば左足からスパイクを履く、選手紹介が終わったらサングラスをつけるなどです。緊張はしてしまうのでルーティンを決めてルーティンを実行することに集中するという感覚です。いつもの自分により近付かせるための工夫ですね。」

佐野:「なるほど。メンタルを安定させるためにできる範囲内でのルーティンがあったのですね。一方で、アスリートの体づくりに欠かせない栄養学に関しては如何でしょうか?」

対談中の木村文子さん

正しい栄養管理がアスリートの”食べたくない”を変えた!

木村:「わたしは、2019年に栄養士の方に指導をして頂きました。当時31歳だったのですが、周りの選手が怪我やコンディション作りが上手くいかない中で、一番結果を出すことが出来ました。
31歳で目標を全て達成できるシーズンが来るとは思わなかったので、本当に充実した一年でした。」

佐野:「なぜそこまでパフォーマンスが向上したのでしょうか?」

木村:「食べるトレーニングを導入したのがきっかけです。私は試合が続くと食が細くなり体重が減るタイプでした。
連戦が続くとパフォーマンスも落ちてしまうので、日頃から捕食をうまく取り入れ体重をコントロールしていました。特に食べるタイミングを重視していて、練習直後にバナナやゼリーを効率よく摂取することでパフォーマンスも向上しました。
あとは20代前半の時には貧血もあったので、トレーニングの質が下がらないよう鉄分を多く摂っていました。」

佐野:「食が細くなり糖質やタンパク質が不足するとアスリートついては致命的ですよね。
貧血もアスリートの方にはつきものですがは、鉄分は何から取られていたのでしょうか?」

木村:「レバーはもちろん、ほうれん草などの野菜から摂ることも多いですね。その時にビタミンCと一緒に摂取すると効率よく体内で使えると栄養士さんに教えて頂き実践していました。」

佐野:「そう考えると知っておくべき栄養素はたくさんありますね。鉄分で考えれば、レバーと小松菜どちらも同じ鉄分を含むからどちらでも食べたら良いというわけではありません。
また先ほどビタミンCの話が出ましたが、体内での吸収や効率的に栄養素をとる方法までをきちんと知ることの重要性を感じました。普段の生活の中で詳しい栄養素について学ぶ機会は少ないですし、正しく学ばないと分からないことだらけですよね。」

木村:「栄養面で言えば、独学で習得している選手の方も多いと思います。 正直結果が出ている時はあまり気にしないと思いますし、例え怪我をしても練習量や動きの改善に目を向けるので。
ただ女性選手は体重のコントロールが難しいと言われているので、栄養面に着目する機会は多いと思います。」

佐野:「女性アスリートの体重コントロールの難しさは以前対談させて頂いた田中雅美さんも仰っていました。ちなみに、東京オリンピックの時は体脂肪率は何パーセントくらいでしたか?」

木村:「11%ぐらいです。女性は10%を切ると生理不順の可能性が出てきます。実際に体脂肪が落ちすぎて生理が来ない選手は栄養指導を受けていました。追い込んだトレーニングはもちろん、太りたくない一心でトレーニング後まともに食事を取らない選手もいました。
栄養素の偏りの期間が長ければ長いほど骨粗鬆症や疲労骨折をする原因にもなります。」

佐野:「栄養面の管理はアスリートの身体を造るとても重要なものですよね。木村さんは現役時代、怪我はされた事なかったですか?」

木村:「社会人一年目(23歳)の時に疲労骨折をしました。大学時代太ってしまった経験があり、痩せたい一心で白米を少量しか食べなかったのが原因の1つです。その生活を2~3年続けていたのですが、まさか栄養素の偏りで疲労骨折をしたとは思いもしませんでした。
当時は過度なトレーニングが骨折を招くと思っていましたし、幸いにも私はリハビリで改善されましたが、今考えると炭水化物不足も原因の1つに挙げられると思います。ただ我々アスリートにとって、炭水化物の量を増やすことは大きなストレスに繋がります。栄養士の方に食べた方が良いと言われても、体重が増えるので食べたくないという気持ちの葛藤はありましたね。食事もトレーニングと同じで、1年程かけて少しずつ意識を変えていくことが大切です。」

佐野:「木村さんも糖質制限をされたことがあるのですね。またアスリートの方にとっては炭水化物の量を増やすこともストレスになるのですね。ロンドンオリンピックに出場されたのが24歳と伺いましたが、まさに糖質制限をされていた時期ですか?」

木村:「そうですね、その時は糖質制限をしていた時期ですが一応問題なく走れていました。 実は私にとってロンドンオリンピックは初めての国際大会だったのですが、海外のご飯に抵抗がありあまり食べられませんでした。」

佐野:「食事が合わないのは、かなり辛い状況ですね。」

木村:「試合日から逆算をして現地に入るのですが、空腹なのに食べられない状況が続いたのでみるみる体重が減っていきました。簡易的に食べられるご飯などは持参しましたが、やはり栄養素の偏りは出てきてしまいます。
選手村でもアジアエリア、アフリカエリアなど各国にちなんだ料理が数多く用意されていましたが、オリジナル要素が含まれていたので(笑)お出汁の効いた日本食が恋しくなりましたね。」

佐野:「海外遠征中の食事管理の苦労が伺えます。選手村の環境はいかがでしたか?」

対談中の木村文子さん

海外遠征で培ったアスリートならではのメンタル管理

木村:「マンションの一室を2~3人でシェアするのですが、 日本人選手と一緒でしたので何の問題もなく過ごせました。
一方で海外遠征になると外国人選手とシェアする事が多いですね。 それこそ海外に行き始めた頃は文化や生活スタイルの違いなどで衝撃を受けることもありました。例えば、ホテルのハンガーが6本あったとします。日本だと3本ずつシェアをする方が多いと思うのですが、海外だと本数制限なく使用される方もいらっしゃるので、その状況を受け止めた上で自分のペースを作っていかなければいけない。メンタルが鍛えられるきっかけにもなりました。」

佐野:「なかなか、受け入れがたい現実ですね(笑)日本ではあまり遭遇しない状況かと思います。」

木村:「そうですね。固定概念が覆されることが多々ありました。その他にも日本だと中距離の選手の方は必ず朝練をするのですが、当時同じ部屋になった中距離の選手は朝10時になっても起きず、その後お昼ご飯を食べた後、少しだけ調整をして部屋に戻ってきました。私の中では考えられない生活スタイルでしたし、一番の驚きはその大会で優勝されていたことです(笑)ただ今考えれば、その選手の動向を気にしてる時点でペースが乱れているのでダメですよね。」

佐野:「そのような状況だと気になってしまいますが、どんな状況であれ、いかに自分のペースを保つかというのが重要なのですね。アスリートの方のメンタルの管理は本当すごいですよね。
ちなみに陸上競技ということで長時間、屋外での練習をされていたかと思いますが、美と健康についても何か意識されていたことはありましたか?」

木村:「わたしは常に日焼け止めを塗ってました。ただ外で行う競技なので夏になるとかなり日焼けをしていましたね(笑)
あとは陸上の練習は日々単調なので、変化を付けるためにネイルに行ったり髪型を変えたりなどリフレッシュしていました。趣味でいうとカフェ巡りですかね。遠征中はよく選手みんなでカフェに行って女子会をしていました。」

佐野:「日々の地道が努力あってこそですよね。そんな練習の日々から今は大分生活が変わったのでは?」

対談中の木村文子さん

引退後も習慣付いたアスリートの食生活

木村:「そうですね。現役時代とは違って気持ち的にすごく楽になりました。特に食事の面では引退後できる限りの暴飲暴食を試みたのですが、3日目にして定食屋さんに行っていました(笑)
オリンピック後は、朝コンビニでコーヒーとロールケーキだけにしてみたり、夜にケーキを食べるなど意識的にやってみたのですがやっぱり受け付けなくて…いつの間にかお味噌汁を求めている自分がいました。なので引退後も、バランスのいい栄養素を意識した食生活になっています。」

佐野:「やはり一度身体に染み付いた食生活というのはなかなか変えることができないのですね。
まず、正しく知ってそれを生活に落とし込んでいくことの大切さは、アスリートではない私たちにも共通して言えると感じました。貴重なお話、有難う御座いました。」

木村:「有難う御座いました。」

対談中の木村文子さん

~まとめ~

ロンドンオリンピック世界陸上では日本人初の女子陸上100Mハードルで準決勝に進まれ、昨年には東京オリンピックにも出場された木村さん。 その活躍の裏には世界で培ったメンタルの管理や栄養管理があったことが分かりました。 アスリートは食べるよう指導されることがストレスになる、といったお話も印象的でそんな背景があったからこそ食事の大切さを身をもって実感されたそうです。 また一度染み付いた食生活は今でも継続されているとのことで、それは私たちの生活の中でも同じことが言えると感じました。 正しい栄養管理を知って、30代でも陸上競技というハードなスポーツで世界の舞台に立たれた木村さんのお話はとても説得力があり、引き込まれました。

木村文子さんと佐野理事、和田奈美佳

次回は、体操選手としてソウルオリンピック、バルセロナオリンピックでのメダル保持者である池谷幸雄さんとの対談を行います。

コーディネーター・文責 / 和田奈美佳

コーディネーター・文責 / 和田奈美佳

フリーキャスター。
健康管理士、健康管理能力検定1級、日本成人病予防協会認定講師。